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現実味を持てないのは幸せなのかもしれない

さて、今日は3月11日です。東日本大地震から3年が経過しました。職場のブルームバーグニュースも震災について言及しています(サイトにも記事がありました。経済的側面に焦点を当てているのがブルームバーグらしい)。その他の海外のメディアも色々な切り口で震災について触れていて、BBCは福島の浪江町のルポを掲載し、ロイターは福島の子供たちについて書いています。

 

さて、3月11日。3年前のこの日はまだイギリス留学中でした(当日のことはここに書いてました)。その日、近所のカフェで遅めの朝食を採っているときに、津波の映像が目の前のテレビに映し出されました。“BBC Breaking News”っていうテロップと共に何度も繰り返し流れる津波のシーンは、音声無しだったことも相俟って、現実味がなくて、それでいて形容しがたいほどに薄気味悪かったと今でも記憶しています。

 

“現実味がない”

 

そう、3月11日に関して、私には現実味がないです。それは、ちょうど海外の惨状(ウクライナ問題など)をテレビやネットのニュースで見るのと同じように、私はこの大災害についても「外」から海外メディアを通して情報として「知って」いるだけだからでしょう。「理解」できていないのでしょう。当事者ではないというか。。茨城の私の実家は家の中が散乱した程度の被害で、水と電気も2~3日で復旧しました。東北の友人達の中には、自宅や実家が被災してしまった者も何人かいたけれど、幸い負傷者や亡くなった方は私が知る限り一人も居なかった(はず)。自分の手と目の届く範囲に被害がなかった分、私は幸せなんでしょう。

 

そんな冷めた(?)感情とは別に、日本を離れているからこそ自分の中に日本を感じる気持ちみたいなのも同居していて当時は非常にモヤモヤしていました。そういった心理状況の結果、グラスゴー大学のJapanese Societyのキャンペーンに参加するに至るのでした。私の学科のキャンパスはグラスゴーのメインキャンパスではなかったので、グラスゴー在住の日本人学生やその他在住者の方々とは、ごく数人を例外にして、交流はほとんどありませんでした。一連のキャンペーン(募金、チャリティコンサート、鮨パーティー、着物ショーなど)を通して、日本人コミュニティーと繋がったわけです。特に、グラスゴー大学の日本人留学生達とは非常に仲良くなれたことは、嬉しい賜物です。一帰国する際に時々会ったり、近況報告しあっている仲を今後も維持していきたいですね。

 

現実味がないので自分の中で上手く捉えられない反面、震災が新しい繋がりをもたらしてくれたのも事実。複雑な心境です。

 

Photo: Some rights reserved by Hiroyuki Murakami

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